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2009年12月30日

となーす映画評「ハッピーフライト」

これって
公開当時、誰が観に行ったんだろう





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2009年12月29日

となーす映画評「愛のむきだし」



私は「紀子の食卓」と
この「むきだし」で
完全にこの人にやられましたね

あいかわらず
出てくるものといい、話の展開といい、
まさに自主映画です。
私が大学生のころ見ていた「自主映画」は本当にこんな風景でした。
今も大学生による自主映画は作られ続けているのでしょうから、まさにこの映画は『自主映画界の最強のボス』としてこれから何十年も君臨し続けるでしょう。
これをやられたら現実の大学生たちの映画における表現は両方の羽根をもがれたようなもの、
「チープな風景の中で愛をさけんで突進する」という表現は大学生たちにしか出来ない大きな武器だったからです。


何が映画の『見応え』を作るのか、本当にわかって作ってる人の映画ですから、確信犯としてこれをやられたら、大学生たちはひとたまりもない。

この映画のタイトルは「愛のむきだし」だが、
映画というのは一人の相手を想い続ける、という内容の話を語るのは昔から得意なのだ。
なぜなら時間を味方に出来るからだ。

この上映時間の長さ、というのも、上の理由による。

つまり資源の使い方が“徹底的に”上手いのだ。

私はこの「映画作りの本当の醍醐味」を知りながら作られた『愛のむきだし』に本当に興奮させられた。


本当に最後まで飽きさせません。

とくに私は、ラスト近くの西島くんの女言葉にやられて涙があふれましたよ。
なんて、繊細な言葉のチョイス、そして言い回しなんだろう、と思って。

しかしただ一点、
満島ひかりの洗脳が解ける過程は、もっと描写が欲しかった。
あれだと、洗脳をかけた相手が死んだから、解けました、みたいな“魔法”チックな感じになっているし、
それと
「血のまじった涙は本気」は
医学的に根拠があるのかないのかなどはどうでもいいのだが、
あまり上等な表現とは思えなかった。

そこだけ不満なだけで、あとはもう最高得点ばかりです。


島田紳助の言う“感情”の漫才と映画の魅力は理屈は同じなんですよね。




posted by となーす at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月28日

となーす映画評「おくりびと」

基本的には良い映画だとは思うのですが、
いくつか不満がありまして、
そのひとつが、
説明しすぎ、なところですね。




(ここからネタばれ)
たとえばラストシーン。
河原で石をえらんで相手に渡すエピソードと
遺体の顔を触る所作とが、感動的に符合する。

そこまでは良いのだが、
てっきり、私は
主人公が、死んだ父の顔をさわりながら、孤独だった父の人生を想像しているのだ、と思っていた。
自分と父の空白の時間、父がどんな人生を送ってきたのか、を。

でも
そうじゃないんですね、次の瞬間、
父と暮らした主人公の幼き日の思い出がカットバックで出てくる。
「なんだ、自分の知っているはるか過去の父の顔を思い出そうとしていたのか、」とわかるのです。
私が感動している位相と映画が説明しようとしている位相が違っていた、ということが最後の最後で起こってしまった、ということです。


あそこは、無言で延々と作業をする主人公の姿を観客に見せ、
勝手に想像させてくれたほうが良かったと思う。
のだが、どうでしょう?


これは一例で、
そんな意味で、私にはちょっとガサツに見えるようなところがこの映画には全体的にある。
ガサツと言うか男性的な(笑)ところといおうか
主人公の嫁を広末涼子にキャスティングするところ、などが、ズバリ男性的発想じゃないですか。

納棺師は、世間的にはあまり陽の当たらない存在かもしれないけれど、こんなに繊細で美しい芸術家なのですよ、ということを世の中にアピールするような物語でありながら、実はこんなふうに、ちょいちょい男性的でガサツであるところが、この世間的に100点満点をもらっている『おくりびと』のちょっと面白い点です。

おもしろかった、というのは間違いないのですが、芸術作品として満点がつけられないのは、滝田洋二郎という人の個性と、このテーマが微妙にずれているから。
映画が常に芸術としてすぐれている必要はないのでしょうが、
締めくくりが気持ち良く着地しなかった、というのは私的には大問題な気がするのですが、

そういう印象をもたれた方、というのもあんまりいないようですし、
まあ、ヒットして賞といっぱいとったからいいんじゃない、が結論でしょうか。

そういう感想でした。
この映画を「おすすめ」のカテゴリーに入れるかどうか、微妙に悩みます。



ラベル:おくりびと
posted by となーす at 21:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

となーす書評「ポップ1280」

そこそこ映画ファンを自認する人で、
ジムトンプソンの名前を知らぬ者はおるまい。

『現金に体を張れ』の秀逸な脚本を書いた人だし、名画『ゲッタウェイ』の原作者。

このブログでも以前、この人の「失なわれた男」という小説をとりあげたことがあるが、
「ポップ」は彼の最高傑作との誉れ高い作品である。

ポップ1280 (扶桑社ミステリー)


出だしの1ページ目で、
この、ぽっちゃりした風体の主人公にやられるに違いない。

ぜんぜん仕事の出来そうにない保安官であるこの男。しかし自らの保身や生存本能についてだけはずば抜けていて、「人ロ1280人」の町でしたたかに生きている。

よく大企業とかにいる、何故、こんなに仕事が出来そうにないのに、上の方の役職についてて、肌つやが良くて生活に不自由してないの?っていうぽっちゃり体型の人。

それがこの小説の主人公であり、語りべなのである。

こんな男だから、読者に対して誠実であるはずもなく、一人称の語り口は「描写」や「告白」というより「言いわけ」に近い。

しかし、読み進めていくうち、
この男の内には、ある種の冷めた心、があるのに気づく。
人間に対する期待とかロマンチシズムとか、そういう類の視点がない。
こういう男だからこそしかし、『ボップ1280』で起こっていることを正確に読者に伝えることが出来るのである。

この物語作法、肌合いで一番似ているのは松本人志かもしれない。

などと思いながら読み進めていくと、
小説の終わりの方で、
主人公は『神の視点』を経験する。

なぜ自分はこんな男に生まれたのか?世界はどうしてこんな形をしているのか、
少しだけ、一瞬だけ、理解するのだ。

このクライマックスは是非、実際に読んで触れてみてほしいのだが、

私が結局、思い出したのは、あの「しんぼる」のラストだった。
何故あのようなラストになったのかわかった気がしたのだ。

おそらく、この小説と同じような体験を再現しようと試みたに違いない。
ただ、表現方法の引き出しが少ないために、あのような新興宗教の勧誘ビデオみたいな安い感じになってしまっているだけで、
彼には、世界の成り立ちが一瞬見え、それを表現しようとしていたのだ。

ま、そんな感じで、
トンプソンの最高傑作は、うわさに違わぬモノホンの小説でした。










ラベル:ポップ1280
posted by となーす at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

となーすコラム「アバター」はたぶん傑作だ

ジェームズ・キャメロンの12年ぶりの長編監督最新作『アバター』のワールドプレミアがロンドンのレスター・スクエアにて10日(現地時間)に開催され、ついに本編が上映された。


 完璧主義のキャメロン監督の作り出す映画『アバター』は、構想に14年、製作に4年を費やした超ハイクオリティの驚異の3D映画。本編の公開前に全世界同時公開された15分のダイジェストは、幻想的でありながらリアル。完璧なアバターワールドに全世界はドギモを抜いていたが、ついに完成した本編は前人未到の映像だけでなく、さすがは『タイタニック』で全世界を感動に包んだキャメロン監督だけあって、ドラマティックで重厚、そして感動の物語に仕上げている。キャメロン監督本人も「観た人は、この映画がとてもエモーショナルだと言ってくれた。最後だけじゃなくて2度は泣けるとね。現に僕の妻は(泣いた時用の)ティッシュ持参さ」とコメントするなど、今まで映像美に注目されていた作品が実は感動のドラマだったことを教えてくれた。

 プレミアにはジェームズ・キャメロン監督のほかにシガーニー・ウィーバー、サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、ミシェル・ロドリゲスなど主要キャスト、スタッフが一堂に会し、本作への意気込みを語った。(中略)この映画に限っては、役者が作り上げたというよりは、キャメロン監督の圧倒的な世界観にすべての人がついていったという印象だ。
(12月11日 シネマトゥデイ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091211-00000039-flix-movi

私は「ターミネーター」シリーズなんか別にファンでも何でもないが
「タイタニック」については「諸手を上げて支持する派」だ

キャメロンという人の熱意は、
アメリカ映画の質を底上げする、良質のものだ、と思っている

その彼がこれだけの期間をかけて作ったのだから
お金を払って見るだけの価値のある映画になっていると思う

スピルバーグも本当はこれぐらいスローペースで映画を作ってほしいんだけど
ま、意外とスピルバーグは他の作家の映画に影響を受けるタイプなので
この映画のキャメロンが世界中の作家の想像力を喚起してくれたら
映画はもっと面白くなる

そういや随分長い間、劇場で映画を観ていないことに気付いた
わざわざ足を運ぶほどの映画がなかったとも言えるが
久々に観たい映画が出てきてちょっと嬉しい
posted by となーす at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月08日

となーす映画評「北北西に進路を取れ」



いまさら「北北西に進路を取れ」みたいな名作を取り上げて
面白いので皆さん観ましょう、などと紹介するのも恥ずかしい話だが、
しかし、
この辺りの
昔の名作、というのは
今見るとハズレ、なものも結構あるものだ。
感覚が古い、とか、ね。

例えば、私の話で恐縮だが
昔、『時計じかけのオレンジ』を高校生の時初めて観て
「こりゃハンパなくすげえや!」と思い、
なんと翌日、再び同じ映画館に足を運んだことがある。
同じ映画を2回観に行った経験など数えるほどしかないが、2日で2回見た、などということは後にも先にもこの映画だけだ。
しかし、
後年、30歳をすぎてから
この『時計じかけのオレンジ』をDVDで観たら、あれほど衝撃を受けた映画が、
何とも浅はかな悪フザケ映画であったことに気づかされ、本当にガク然としたものだ。

それくらい、映画というのは面白い。
今、年間どれくらい映画が作られているか正確な数字は知らないが、その中で50年後・100年後も面白い映画というのはそうはない。

100年生き残る映画がそうそうない、ということが面白いのだ。

さて、
『北北西に進路を取れ』だ。

この映画、ストーリー自体はひょっとしたらもう意外性がなく、ひとによっては退屈なものになっているかもしれない。

しかし、それでもこの映画を観応えのあるものにしているのは細部の作り込みの周到さにある。
ひとえにヒッチコックという男が、
細部が天才的に上手い、という事実に拠っている。

人違いで指名手配になってしまった主人公が、列車で、美女に窮地を助けられるシーンがある。
初対面の女が行きずりの男に親切にする、
当然、観客も主人公も何かウラがあるのだろうと思うのだが、
ヒッチコックは、この出会いを以下のようなセリフで、
“特別な”ものにする。

「私が逃亡犯と知ってて、どうして肋けてくれるんだ。」
「あなたがハンサムだからよ。」
(主人公はまんざらでもないといった、微妙な顔をする)
「それと、乗車するまえに買った小説が面白くなかったの。」

これを言うのがエバ・マリー・セイントという女優。
このセリフを『こんな女、そうそう、いるいる』という説得力とともに発する。
彼女はこの一作で、全世界の映画ファンの記億にその名を刻んだのだ。

落語ファンなら
立川談志師匠がこの映画を語るときは、必ず、この女優の名をセットにしていることにお気づきだろう。

ヒッチコックは、伊達に『サスペンスの巨匠』の称号を与えられているのではないのだ。
この場面では、
人間が
偶然でない出会いを
“特別な”出会いと信じ“たがる”心理を利用していていながら、
そうと気取られないユーモラスな会話としてあくまでストーリーの継ぎ穂においている。

前回、「黙秘」をとりあげたが、
あの映画で不満なのは、
「実は娘は父親に〇〇〇させられていた」という事実を観客に示すタイミングが
意図的に遅らさせらている点だった。
しかも、父に〇〇〇させられる事の重大さには個人の感覚の差がある、とも思われ
る。

個人の感覚を
映画の都合のために
実際より過大に演出しているところがあるということだ。
とくにあの映画ではドロシー・クレイボーンの行為が、完全に憶測に基づいて行なわれていたし、行為の正当性は娘の「父に〇〇〇させられている」にかかっていたからだ

ま、そのへんは
「黙秘」のファンにも異論があるだろうし、
深くは掘り下げないが、
「黙秘」のオチの部分に言及したかったのは
いつの日からか
主人公の正当性を
映画が観客に気づかれないように守ってあげるようになっているということを示したかったからだ。

おそらく
ハッピーエンドである方が
動員数が上がる、というデータでもあるのだろうが、
映画が主人公を肋けてしまうケースが、
上の『黙秘』のように、ある。

一応、映画は「世界」を切り取っているのだから、どんな偶然も、起こらないこともない、
よくシナリオ作法の講義などで
「物語の中で偶然は一度まで」などと言われているのは、偶然が何度も起こると、話が嘘っぽく見えるからという理由からなのだが、
最近は、「引き寄せの法則」などに見られるように、人によっては偶然が数珠つなぎに現われる人生だってあるわけだ。
嘘っぽく見えるのは偶然が何度も起きるからではない。
『主人公が映画に守られて幸運を得る』のが観ていて不快なのだ。

ヒッチコックは
映画の中で起こる出来事を
観客の興味を引く、楽しいものハラハラするもの、として用意する一方で、
映画としては主人公に利益をもたらすような偶然は用意しない。

彼は毎回、自作にちょっとだけ出てくるのが恒例になっているが、
そういうフェアプレーの自信のあらわれなのだろうと思う。









posted by となーす at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月03日

となーす映画評「黙秘」

観るのはこれが2回目だが
話はきれいさっぱり忘れていたので、
全編たっぷりと楽しませてもらった。

いやあ、
よくこんな話を思いつくな、凄いなキングは。




ここからネタバレ

あのばーさんが
夫殺しをそそのかすところが
この映画のキモ。

その“怖さ”だけ
なんだよね。
たぶん。
出発点は。

いやーおもしろかったわー

ラストの『罪状認否手続き』のシーンて、
よくアメリカ映画のクライマックスになるよな。
だから何か当たり前すぎて物足りなかった
あそこだけもう一工夫あったら
もう最高だったんだけど。

その後に来る
ラストの母娘が別れるシーンが
しかし
すばらしく良かった
母娘がこの世で味方なのは2人だけ、
という絆を確認するシーン。

この一連の出来事が
いまいましいけれど
“もしなければ”
決して結ばれなかったであろう
きつくて固い絆に、
観客は羨望すら覚えるのではないか

あの『愛と青春の旅立ち』のテイラーハックフォード作品。

この人の締めくくり方には美学があるね。



posted by となーす at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

となーすTVドラマ評「不毛地帯(第5話)」

ドラマ「不毛地帯」を1回目から追っかけて見ているが、5回目ともなると、おそらく全体の半分くらいのはずだが、
一向に盛り上がる気配がないのは何故だろうか

次から次へやってくる事件に対処療法的に動き回る主人公を見せられているだけ、のように思えてくる。

戦後の日本の右肩上がりの経済成長が
このように違成された、というのなら
何とも不毛なことだ、と思う。

登場人物たちには、ロマンがない。
彼らが追っかけて、解決に奔走している問題、というのは現代人の目から見れば、すでに答えがわかっていることばかりだ。
過去の小説を原作にしているのだから当たり前なのだが、

なぜこういう事態に陥るのかというと、
簡単だ。
ドラマが現在の言葉で翻訳されていないからだ。

「いま」を生きる観客に届かない言葉を使っているからだ

「何故今、『不毛地帯』なのか?」の問いに答えていないドラマなのだ。

第5話の中で、
妻の和久井映見に壱岐が叱られるシーンがある。

留学している息子が帰国する日であることを失念した壱岐に、
妻は「わたくしにとっては家族が全て」と感情を爆発させる。
壱岐は素直に妻に謝るのだが、
仕事に忙殺される壱岐に、「なぜそんなに商社の仕事にのめりこむのか?」の問いが
同時に湧いてきてもおかしくないシーンだったのだが、
ふたりのやり合いは壱岐が謝罪することであっさりと解決してしまう。
和久井が良い芝居をしていただけに、
膨らまず終わったのが残念なシーンだった。



それはそうと、
毎回エンディングに流れる
トム・ウェイツだ。

何度聞いても
原田芳雄の声に聞こえる

大門社長の歌が毎回エンディングに流れる、と思っている視聴者もいるのではないか笑。

実際私はこのドラマの登場人物で
一番興味があるのは
原田芳雄演じる大門社長だ。

戦後の復興を牽引したのは
どんなロマンなのか、
『家族への思い』なのか『日本人としての誇り』なのか、

不況のこの時代に、
活力をくれるような言葉を持っているのは彼だ、と思っている。

サラリーマンの主人公壱岐に、「お題」を課しているのは結局彼だからだ。

ちなみに原田は歌手としてアルバムも出している。


そういえば自身も出演していた「どついたるねん」の主題歌も彼が歌っていた。







posted by となーす at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | TVドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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