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2010年03月29日

となーす映画評「おとうと」



現在公開中の映画で私が観たい、と思っている映画は3本で、一本はイーストウッド作。これはすでに観た。残る2本は、キャメロン作の『アバター』。そしてこの『おとうと』だ。
シネコンの前まで行き、どちらでもいい、時間の合う方を観ようと思って出かけた。
で、選ばれたのはこちらの山田洋次作品朝10:35分の回だった。
公開がたしか1月の31日。
けっこうロングランしていることになる。
いずれにせよ、映画館に入るのは久しぶり。
まあ、どんな出来でも山田洋次作品ならば楽しめるはず。とくに今の山田洋次なら。



何も言うことはありません。
ただ、ただ、いい映画で、“正しい動機”で作られた佳作でした。

結婚式のエピソードで幕を開けるところや
主演の笑福亭鶴瓶に『寅のアリア』もどきをさせるところなど、
あいも変わらず渥美清の亡霊を追っかけているのか、と思いきや、
そうじゃないんですねえ、
山田洋次は「男はつらいよ」シリーズを含めた、山田洋次の『家族論』の決定版とも言うべき、最終章を作りあげていました。
これはそういう作品です。

私はこの、山田の結論に深く深く賛同しますし、
また、
この映画の良いところは、
寅の物語(「男はつらいよ」シリーズ)の最終章が作られたころの日本と、いまの日本は違っていて、
渥美主演の作品では、この結論にたどりつけなかったこと、
そのことが映画の中できちんと説明されている点にあります。


とはいえ、娯楽作として満点は決してつけられない作品なのは確かで、
始まってすぐの、母と娘の会話のシーンなども
なんだかセリフとセリフの間が悪くて「おいおい大丈夫か?」と思ったものです。

しかし、そういう意味での完成度をこの映画は最初から目指していない。
見ていくと次第にそれがわかってくる。

むしろ、
『日本の観客に伝えたいことがある』
それを動機にこの映画は作られているということがわかってくるのです。

では伝えたいこととは何か?
これは映画の後半になって登場する『みどりのいえ』です。


おそらく実在するのであろう、この施設の死生観、山田はこれを日本人全員に伝えたくてこの映画を作っている。
これを伝えることに映画の中の全ての力が結集されていて、その意味では映画に登場する全てのパーツに意味があり、間違ったものは何ひとつ置かれてはいないのです。

笑福亭鶴瓶がこの役を演じることの意味も後半になってようやくわかる。
名も知らぬ市井の人々の喜怒哀楽をテレビで大衆に伝えるのがこの人の芸で、それをこの人は、何十年もの間、やってきた。
だからこそこの役はこの人でなければならなかったのであり、渥美清の代役などでは決してないのですね。
そこが今回の映画の実は一番の見どころ、というか肝の部分だった、と思います。


前作『母ベえ』のときこのブログで私は、
山田洋次は、今やどんな題材であろうとも自分のスタイルに引きつけ、観客を楽しませる映画を作る力を持っている、と書きました。
この映画ではまさに、その山田洋次が語るベき題材を見つけ、日本人全員に向けて『伝え』ています。
それも“説教”臭くなることなしに、です。



山田映画を観続けてきた私にとっては、これは特別な作品であり、
またこの映画を観て
率直に感じたのは、
今、という時代が決して悪い時代ではない、ということです。

「男はつらいよ」の映像が2度も劇中に登場するのですが、「男はつらいよ」を日本国民が観ていたころ、そのころの日本人の心のあり方と今の日本人の心のあり方が違っていることがそれによりわかるのです。

「男はつらいよ」の思い出をこのように利用したことはこれまでの山田作品にはありません。

そして実は、山田洋次は、ある確信を持って物語の中に『価値』の転換を仕掛けています。
そのことに私は映画を観た翌日の朝、気づいたのです。

「帳尻が合ってない!」と。

すでに観た方ならわかると思いますが、
劇中で、おとうとの借金を肩代わりして、吉永小百合が失った130万円。
この帳尻が映画の中で合わされていないのです。

これはどういうことか、というと、
例えば、従来のハリウッド映画などであれば、
大抵の場合、この失なわれた130万円は、劇中、(多くは後半のどこかで)吉永小百合の懐に戻ってくるはずなのです。

おとうとが買った宝くじが当たるとかで、

それがないのです。


吉永小百合演じる姉は、130万円を失い、その対価としてこの経験を得た。
これはそのような見方が出来るということでもあるわけです。


70歳を越えた映画作家が確信を持って、これは130万の価値のある経験、もしくはそれを凌ぐ経験であると、ある意味では“値付け”しているところが、この映画の凄み、ではないかと思います。

これは貨幣価値への堂々たる挑戦状であると、私には見えました。
「価値の転換」を仕掛けている、というのはそういう意味です。



まあ、そんなわけで
観終ってみれば、「おとうと」は山田洋次の現時点での最高傑作と呼ぶにふさわしい作品でした。

山田は今、キャリアの絶頂期を迎えている。
見逃すな!







posted by となーす at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 山田洋次作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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