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2007年03月06日

となーす映画評「オール・ザ・キングスメン」



この映画、同タイトルでリメイクされ、日本での公開は4月。
ショーン・ペン主演のそちら、「オールザキングスメン」の映画評が何かの雑誌に載っていた。
それを読んだのがきっかけで、この映画を観た。
そうでなければ、この映画を観ることはなかった。
リメイク版はどうやら、このオリジナルとほぼ同じストーリーのようだ。農家出身のうだつの上がらない男が、州知事の不正に気づく。
改革の必要あり、と自ら知事に立候補し農業従事者相手に演説、独自に選挙運動を開始する。
この、小っちゃい田舎町で起こった社会現象に、ネタがなくて困ってる都会の新聞社が目をつけた。
記者を一人派遣するが、この記者がこの田舎もんの魅力にとりつかれ、終いには、選挙参謀となって、行動をともにするようになる。
いい年をして、不正を是正するため、選挙に出馬し、落ちたら次の選挙まで法律の勉強をするから大丈夫などとポジティブなことを言う殊勝なおっさんに、
名家の出身で腰も坐らず遊びで新聞記者なんぞやってる自分は、どうなんだ?と。
目標に向かう純粋な心に引き寄せられたのだ。

ここまで観ると、
「赤ひげ」の政治版?のような展開がこの後続くのでは、
(つまり、不器用な農家のおっさんが一瞬見た政治のありうべき姿の幻影を、新聞記者が助けながら追い求め、戦う。そんなストーリーだ)
と思われたが、
そうじゃーない。

不器用なおっさんは、選挙のアマチュアであった。
いや、だからこそ、この新聞記者も含めて人をひきつけたのだが、選挙で勝つというのとは次元が違う。
しかし、ある演説を機会に、
大衆を相手に自分を売り込む、ということを
直観的に気づくのである。体でつかむのである。
それからは、演説の天才となり、大衆を引きつけ、ぐいぐい勢力を増していく。
同じやり方で、名士から選挙資金を調達する。
この、怒涛の出世を支えたものが何か、ということも映画はきちんと描いている。
向学心、である。
修業時代が駆け足ながら映画の最初の方で描かれているので、
金主たちとの政治談議で、この男の繰り出すロジックは深くて、鋭い。
説得力のあるセリフを吐く、ことに違和感がないのである。
そうして、
ひとりの農家出身のさえないおっさんは、
スター政治家となり、州知事のポストを手に入れるのである。

タイトルの「オールザキングスメン」の『キング』とは、州知事となり権力を握った彼のことを指している。
だが、このタイトルが示す通り、映画は、『キング』(王)の立身出世ぶりを描くことだけを目的としていない。
彼は、前半と打って変わってラスト近くでは、
敵を作り(息子にも憎まれる)、脅迫まがいの行為で自殺者も出し、最後は、演説中に、恨みを買った人物に銃で撃たれて死ぬ。
のだが、では、どうしたら汚れずに政治家が出来たのか?などという青い議論を映画はしないのである。

そう、『キング』は、スポーツで勝ち星を挙げるためには基礎体力や作戦が必要なのと全く同様に、政治で勝利するためのノウハウを独学で身につけた男、なのだ。
『キング』は、プロのプレイヤーとして正しい資質を持っている、映画は、この事実を尊重するのである。

そして、一方で、『キング』にぶらさがって喰っている、宙ぶらりん(「KlNG'S MEN」はキングの配下、子分、くらいの意味)たちの彷徨を対比して描く。
その代表が、もう一人の主人公、ジョン・アイアランド演じる元新聞記者の秘書、なのだ。


ロバート・ロッセンと言えば、「ハスラー」の監督だ。
「ハスラー」は、この映画の後の作品だが、賭けビリヤードの世界をモチーフにして、同じように、一流のプレイヤーの資質とは何かを描いていた。
どちらの作品も脚本を書いているので、『本物』のプレイヤーとは何か、という問いによっぽど取りつかれているのだろう。
そして、「オールザキングスメン」で圧倒されるのは、その台詞の質の高さだ。
「善行とは、何か。定義が出来ますか?」
「…いいえ。」
「善、とはそれ自体で存在できないのですよ。必ず、反対側に悪行がなければ。ですから悪が善を生む」
州知事が同族会社を使って、州の予算を食い散らかしているぞ、から政治を目指した男が、
名士たちをこんな台詞で魅了するのである。

そして、こうしたハイスピードな変貌を遂げる『キング』に、彼の側近たちは全員(オール・ザ・キングス・メン)、ついてゆけず生活をズタズタに壊してしまうのである。
ジョンアイアランドは、片思いの女がいた。
親せき筋に当たる女だが、選挙資金集めに協力するつもりで自分の一族に『キング』を紹介してやったときに、同席していた。
女は、『キング』の演説を聞くや、心底魅了され、あろうことか『キング』に近づき不倫の関係を持つ。
しかし、ジョンはこの成りゆきに心を傷めながら、どんな行動も起こさない。
にもかかわらず、別の場所では、「ぼくは彼と行動を共にしてきて、『タマゴを割らないことには、オムレツすら作れない』ことを学んだ」(既成概念を壊さないと新しい結果は得られない)などと言ったりするのである。

こうした、キングスメンたちの動揺がキングの牙城を蝕んでいく。
息子は飲酒運転で事故って同乗者の女の子を死なせる。不倫相手のアンは、ジョンからもらった極秘書類を第三者に見せてしまい、それが原因で自殺者を生む。
彼らの信念のない行動が、『キング』を苦しめていく。

キングの持つバイタリティに惚れ込んだ連中が、いつのまにか彼のせいで生活を破壊された、と被害者づらをし始める。

しかし、ストーリーの方は、資本主義に毒され暴走する『キング』があちこちに犠牲の山を作っている、だから資本主義というやつは!との見方も同時にできる作りになっているのが面白い。

要するに、頭のいいやつが作った映画なのだ。

となーすは、『キング』の側でこの映画を観た。
彼の勤勉さや、鉄のように固い哲学に共感した。『キング』の台詞には、いちいち血が通っているのである。確かにこの台詞たちは、時代を超えている。
どこかの映画好きが、もう一回作ろうよ、と思うのもわかる。
posted by となーす at 05:57| Comment(2) | TrackBack(0) | アメリカ映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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http://www.furin-deai.net/
Posted by at 2009年06月03日 07:14
なんだって!
ふふふふ不倫?
Posted by となーす at 2009年06月18日 23:53
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