音楽ダウンロード

2017年07月31日

幸福の黄色いハンカチ

netflixのラインナップに入っていたのでついついクリックしてしまった。
クリックしたら最後、ノンストップで全部観てしまう。今回もあっさり捕まってしまった。

前半で武田鉄矢が北海道の洋服屋でおばちゃん相手に服を買うシーンを観たらもう引き返せない。
それが夜明け前だろうが何だろうがとにかく最後まで観ずにはいられない。

この前同じくnetflixで「ジョーズ」を見始めたが、これは途中で辞められた。永らく「ジョーズ」は私にとって、途中で辞められないカテゴリに入る作品だったから意外だった。これは卒業した、と言って良いのだろう笑
私はジョーズを卒業した笑

何度観ても飽きない、というのは映画の最上級なのである。

このブログもだいぶ長くやってるが結論は
観始めたら捕まって最後まで連れて行かれる映画、が一番のおすすめである。

今回改めて感心したのはラスト。
観た方はご存知だろうが、鯉のぼりの竿に黄色いハンカチがたなびいているのを見つけるのは、観客→武田鉄矢→桃井かおり→高倉健の順番なのである。高倉健が気付くと同時にパーン、と効果音のような出だしの音楽スタート。
これが初見で観たときには全然わからなかった。なぜ登場人物たちより先に観客にチラッと見せてしまうのか。普通なら武田鉄矢が見つけたあとワンショットのハンカチに切り返すようなもの。

たぶんだが、観客に見つける喜びを提供したのだろう。
山田洋次も高倉健も観客の下の目線に入って観客に奉仕している。
よく言われる話だが山田洋次は自分の作品を劇場に観に行って一般の観客と一緒に観るのだそうだ。
観客が自分の映画のどこで笑って泣いているのか研究し尽くしている。
ハンカチを見つける順番に大衆娯楽映画の芸を我々は観るわけである。

順番と言えば、この映画、前半は武田鉄矢で笑わせ、後半は高倉健で泣かせる。見せ場が綺麗に分かれている。
武田鉄矢はいわばメインの高倉健へ観客を誘う前座の役割をこれ以上ないほど務め上げている。
この人も歌手時代は多くの前座を務めたらしいがまさにそれが生きている。

私は寅さんのシリーズも好きでよく観ているが回数で言うと今作を一番観ている。
高倉健の、日本の隅々にまで届いて欲しい、と言わんばかりの、祈りのような芝居はもう絶品なのである。

ちなみにアメリカ版リメイク「イエローハンカチーフ」もnetflixのラインナップに入っている。
こちらも観たが、丁寧に同じストーリーをアメリカ人に置きかえてはいるが、上で書いたような観客の下に入る、という芸までは再現できていなかった。
ウィリアムハートが喧嘩で相手を死なせてしまうシーン。ちょいと押したら倒れた相手の打ち所が悪かった、という流れになっていた。あああー、そうじゃない。オリジナルでは主人公にはあの場面、はっきり殺意があるんだよ。それくらい自分の気持ちにしか興味がなかった、というシーンなんだよ。
しかもこの殺人シーンの直後は旅館のシーンで太宰久雄登場、だからな。笑
あくまでもオリジナルは楽しい明るい空気を最後まで貫く。

などなどオリジナルと比較しつつ悪態をつきながら観た。

元々、「幸福の黄色いハンカチ」はピートハミル原作、アメリカ人のエピソードなのだ。
良い話を良い話として映画化するのではなく誰に届けたいか、作り手に相手の顔がはっきり見えているかどうかの違いが現れているのだと思う。

この映画の高倉健より今の俺の方が年上になってしまった。笑
名作を何度も観る楽しみ、というのはこういうところにもあって、高倉健がこの役をどういう心境でやっているか、表情から読み取れる。映画スターをこれまでは見上げて観ていたものが、上から包み込むように観られる。頑張ってんなあ、こいつ。みたいに。偉いぞ。

まあ、2年前に上げた記事と内容は変わらないと思うが、この映画は別格なので2度感想を書きました。















posted by となーす at 05:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 山田洋次作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
最近のコメント