音楽ダウンロード

2017年06月26日

SCOOP

観始めてしばらくして、福山雅治ありき、の企画か、と気付いた。
現実はどうか知らないが、福山の別な一面を引き出す、がこの映画のメインの役割のようだ。

その大命題のせいかどうかわからないが
どことなく古い。とくにセリフが。
しばらく観ていて気付いたのだが、昔の東映セントラルぽい、か、Vシネマの初期のころぽい。

観ていくほどにこれは今、需要ねえだろ、と感じてしまう。


初期のVシネマって顧客はほぼ男だったからね、って今もそうか。
その世界観に福山雅治とリリーフランキーの二人の食い合わせが悪すぎて笑ってしまった。

この監督さんは今いろんなスタイルを試している過程にいるようで、面白くハマった作品とハマり切らないやつとが交互に出てきている感じ。

というわけでこれも途中でギブアップしました。

posted by となーす at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

葛城事件

まあ、何の因果か、
こんな映画を観ないで済むならそっちの方が良かったなあ
こういう映画を観ても自分の生活が良くなるわけでもないんですよ。困るなあ、マジで笑


私の実家も男ばっかりの兄弟で、この映画で描かれる家族の抱える問題がよくわかる。核家族、というのは親父を主演にした集団劇のようなもの、あとは全員が脇役。困るのは脇役を強いられた子供たちは主役になるやり方が社会に出た後わからない。
主役の親父が爽やかさにかけるネガティヴ人間の場合、往々にして家族の日常はこの映画のような感じになる。
パーンと楽観的な、太陽のような存在が身近にいないことが原因。



それにしても気になったのは三浦友和さんの芝居が公開当時絶賛されていた件。
この家族ほどではないにせよ、毒家族に居た身としては、このお父さん像を演じるにはいささか三浦さんは優しすぎる。
優しさが顔に出ちゃっている。
もっと視野の狭さが見た目にあって欲しかった。台詞回しが文学的すぎなのも気になる。
三浦さんは台詞の喋り出しの瞬間、視線を一度彷徨わせる。それはこの役柄のクセではなく、三浦さん自身のクセなのが分かってしまう。
この役柄は別にサイコパスなどではないので、そこは自然に演ろうと選択されたのかもしれない。

とはいえ、こういう人物は
身分が上とか下みたいな価値観があって、喋りにそれが出ているもんなんですよね。
「冷たい熱帯魚」のでんでんにはそういうところへのこだわりがあったように思えた。あくまで印象ですけど。


それから陰口。その場に居ない家族の悪口を言わないのも不満
。すぐにバレるのに、家族の中での順位は変わらないと信じているので思い着いたら即口に出す笑
次男の居ないとこであの親父なら、ムチャクチャ言ってるはずなんだよな。そういう描写がないのがやっぱり物足りない。

親父は自分の子供に立派に育って欲しい、と願う。ただ、あまりに優秀だと自分の主役の座が奪われるので、無意識のうちに子供の成長に上限を設けてしまう。父親の主役の座を脅かさない程度に、子供たちは頑張る。


映画の中のこととは離れるけど、今のアニメ映画の隆盛はこういう家族との息苦しい関係が背景にある、と思っている。
現に劇中、次男が声優を目指している、と言う場面がある。
親父も子供も狭い世間でお互いの欠点にイラついている。抜けの悪い社会で唯一開いた窓は、昔はテレビで今はパソコン。

まあ、日本の中流家庭は大体こんな感じですよ。
家族と毎日顔を合わせちゃダメ笑
家出、家出。家出しましょう。
家族の悪口が頭のなかをぐるぐるしないようになるまでひたすら遊べ遊べ。
家族と顔を合わせず、楽しいことひたすらやって、落ち着いたらところで、さあ、これからどうやって一人で食べて行こう。て考える。
どうやって太陽のような存在になるか、何をすれば太陽のような存在になれるかを考える。
今はそういう時代です。

ま、そんなわけで毒家族に生まれて息苦しい誰かの目にこの文章が留るといいな、と思い、書きました。笑
映画自体は半分のところで観るのをやめました。笑ごめんなさい。







posted by となーす at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月24日

聲の形

漫画全巻をネットカフェで読破したあと
その足で一番早い回で映画版を観た
こんな経験初めてだが、夕方からのライブを観に名古屋まで遠征して、到着が朝の5時だったので、12時間近くをどう過ごすか考えた末だった

ネタばれありますので未見の方は読まないでね

私見では
この物語の最重要なキャラクターは
『うんこ頭』君なんだけど、原作のクライマックスに当たる、みんなで〇〇を作るエピソードがまるっとカットされ、と同時に彼の出番も減ってしまっていたのが残念だった


〇〇のエピソードは、総合芸術としての側面を生かして素晴らしかったし、
(原作で好きだったのは、普段謎めいた雰囲気のあのひとが、主人公が見たことのない表情を〇〇の中でだけ見せる場面。)
やはり、人間関係ででかくなった頭は具体的な活動を通して解消しないと。

登場人物たちが自分を発見するのと同時進行で癒し(ラスト)が訪れないと、どうも納得がいかない

それよりなにより気になったのは、長いセリフを観客に『聴かせる』技術が結構貧弱だったこと。
芝居が原作漫画に完全に負けている。
特に顕著だったのが遊園地のシーンで、重要なキャラクターたちのやり取りも、切れ目なく流れる遊園地の環境音がノイジーでセリフに集中出来ない

短いスカートから伸びた10代の女の子の脚のアップの画に長いセリフを被せる下衆い演出とか、もうそういうの辞めたら?笑
そういうのやってるのアニメだけだぞ笑

それから(映画版の)あのラスト、そんなにきれいに決まってるかなあ笑
どんなお話にでも当てはまるような雑な幕切れだと思う

というわけで、先に漫画を読んで正解でした。
割りと原作に忠実だから、映画を先に観てたら漫画は最後まで読まなかった、と思う

追記
相模原の事件がまだ記憶に新しいこの時期に公開したというところは、この映画の大きな功績と思う。それに言及しなかったのはあまりフェアじゃなかったですね。すみません

事件を踏まえるなら、この(映画版の)ラストの評価はまるで違ってくる。
そうですね、このラストは大アリです。






posted by となーす at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月18日

アイアムアヒーロー

いやー
つまんなかった笑


ネタバレしますので
楽しみにしてる人は
ここから先は読まないでね






主演級はともかく、その他の俳優の芝居が学生演劇のノリで観てられなかった
ショッピングモールに立て籠もった様子がまるで学園祭の準備みたいで緊張感がない

ただの人がメイクしてるだけのお化けなんだから芝居でリアリティをもたせるしかないだろ笑
無名の俳優たちの数名は何ヶ月か合宿させるくらいのことはやって欲しかった

あと
ショットガンの弾!


あんなに沢山どこで調達したの?


アメリカが舞台ならモールの売り場から調達したでいいけど
貧乏漫画家が元々あんなに持っているわけないだろう
あんなに撃って体力が保つのも不思議だし

銃、が一番頼りになって
一番カッコイイんだよ、あれじゃ
主人公じゃなく笑

あまりにくだらない映画でエンドクレジットの前に劇場を出た


本当、ネットのレビューって当てになんないね
本当、映画ってつまんなくなったね笑
大人が見るもんじゃないね笑


この期に及んでノストラダムスの大預言のころのイケてない男子の妄想が復活するとは笑
自信喪失した自分を救済するのに銃の力を借りなきゃならない物語なんてオールドファッションドにすぎる

これも『頑張っている』日本映画のカテゴリで語られることが多いのだろうし、少なくとも映画の途中までは労を汲んで観てあげてる部分もあったのだが、クライマックス直前に出てきた、ショーンオブザデッドのあからさまな引用で冷めた笑
なんで決めるべきとこで真っ向勝負しないで引用をやっちゃうんだろう
映画のクリエイターに限らないんだろうが
引用はリスクが高い表現だ、と思った方がいいと思う


何年か前の『ジャンゴ』(タランティーノ版)のあるシーンで『怒りの荒野』のテーマが流れてきた瞬間タランティーノに愛想が尽きたことがある

過去の映画の記憶を、コソコソっと刺激してくれるくらいが丁度いいのだし、気持ちいいのですよ



あと、これは言いたい
私が観に行ったとき、夕方からの回だが
高校生の男の子が結構入っていた

彼らのうちの誰かがこの映画に影響されて
『よし、おれも漫画家目指しながら銃の免許とるぞお』などと思わないでもらいたいと切に願う

ゾンビが現れない前提で考えたら、これほど危険な組み合わせはない







posted by となーす at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

ジョーカーゲーム

ううううむ
私はどうもこの監督が苦手

苦手、というか、良さがわからない


ラスト近くで仲間に再開するシーンがあるのだが、死んだと思っていた仲間の姿を見ても観客の感情は動かされない
外国での主人公の孤独が観客と共有されていないからだ

同じく、主人公とケンカして組織をクビになった人物が意外な場面で現れる
ここでも観ているこちらは感情を少しも動かされない
主人公がこの人物をどう思っていて、それを観客が共感する、という場面がないからだ

感情を観客と共有しないまま、ただ成り行きだけが描かれる

クライマックスのアクションシーンでは主人公が危機一髪の場面でライターを投げるが
あの仕掛けで何故主人公はあれほど確信を持っているのか?
ライターが狙った地点に落ちるかどうかの確信が主人公にない状態の方が盛り上がるのではないだろうか


これの他はサイタマノラッパーしか観てないけど
あの映画も実際、成り行きだけが描かれて
観ているこっちはどんな感情を抱けばいいのか、わからない

ただ、物語の設定や主人公の置かれた状況が示されて行くだけで
主人公が観客のガイド役をしてくれない

だから上述のライターの場面のように物語の決定的に重要な場面で、観客と主人公の感情の歩調が合わず??な気分になる

主演の亀梨くんはファンでもなんでもない私から見ると決して主役顔ではないので
なおさらかもしれない
それをいうならサイタマノラッパーもそうだった

というわけで、この監督は主人公を一人の俳優に絞って何作か作れば面白くなるかもしれないが、そうでない限りはちょっと爆上がりはないかも
スコセッシ=デ・ニーロ、黒澤=三船
的な、ね笑

あの山田洋次をスランプから救った永瀬正敏などと組むのがおすすめ



posted by となーす at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月09日

龍三と7人の子分たち

死体を粗末に扱うシーン
それと
主人公龍三がオナラをするシーン(オカマに脅されるとこ)

の2回、笑いました


この映画もすごい評判良かったですけど
編集で無理にテンポを作っているし、だいぶ無理してジジイたちが早く喋ってる
セスナの中での樋浦勉の突っ込みゼリフの文字数の多いこと笑
つまり芸人のテンポに近づけてるんですよね
そこが不満でした

映画って傲慢な割りに面白くねえよな、と
こういう映画を観るとつい思ってしまう




posted by となーす at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月04日

リアル鬼ごっこ


女子が叫んでるだけで話が進む、というのは振り返るとこの人の映画は全部そうで、それだけで一本まとめた、と。
たしかにそれだけで映画が作れるひとなんてこの人以外にいま日本映画にはいないのだからスター映画監督なのは間違いない

しばらく稼いでからペースを落としてからが観ごろ、だと思う、この作家は。
posted by となーす at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月22日

ソロモンの偽証 後編

いやー残念
事件の真相が一番退屈だ、なんて笑


ラスト近く
閉廷し体育館の扉が開いて満場の傍聴人が出てくるカットがあるんだけど
一番先頭に出てくるエキストラが
あー、つまんなかったって顔してるんで笑った
そこは映画館で観てる観客とシンクロしたに違いない、あ、あそこにおれがいる、って笑


アマゾンのレビューを見ると原作も後半は大失速するらしいので、映画版は違う真相にしたって良かったんだろうけど監督はこれがデビュー作、途中でこれはダダ下がるぞ、と読めなかったのかもしれない


まあ、後編はテーマが別になった。
法廷ミステリーになった途端に失速したってことは事件の真相が練り込み不足だったってことだと思う
全体的に急拵えなのが大きく裏目に出た


このシーンは一体観る人にどういう感情になってもらいたいんだろう?って首を傾げることも多かった

あと、細かいことだけど
一番いいセリフのとき、カメラが俳優の顔のすぐ近くまで寄ってさらに右から左へ回り込むのとかそろそろ辞めてほしい
俳優さんの目線がカメラを避けてギョロっと動くのが分かって興醒めなんですよね

テーマが別になったら演出の雑なところが際立つ駄作でした





posted by となーす at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月06日

どですかでん

黒澤映画を久々に観た
「用心棒」と「どですかでん」をたて続けに
前者はもうとにかく楽しい映画でこれが2回目だが誰が観ても文句なしの傑作だろう
別になんのコメントもない

続いて観た「どですかでん」は結構なシロモノで
これを作ったころの黒澤はいかにも病んでいる
ストーリーを解説するのはこのブログの任ではないのでwikiでも調べて頂きたいが
登場する男性のキャラクターはほぼだらしのない連中で、現実逃避ばかりする

あまりの精気のない作品っぷりにwikiで調べながら観ていると確かに大スランプの時期で翌年に自殺未遂を起こしている

「どですかでん」というタイトルのセンスの良さだけでこの作品を観ようと思って見始めたのだが
巻頭、電車バカが架空の線路を駆け出す力強さといったらない
「用心棒」のあとに立て続けに観たのだから、ここは結構興奮した笑

しかし、ここが映画の一番の見せ場であり、これ以上のシーンはもうない

ここまで書いて私はかつて「赤ひげ」を観たときのガッカリ感を思い出した


前編の幕切れの鮮やかさに対し
続く後編の失速感があれも半端ない

思うにこの人はあんまり、普通の人を描くのが上手くない
この「どですかでん」だって言ってみりゃ落語の長屋的な話なんだろう

そういや、立川談志の口から黒澤先生とか黒澤映画を褒め称えるセリフを聞いたこともない

例えば顔が神経痛でたまに歪む紳士のエピソードなんか観てて、
そういうの言わない方がいいんじゃないの?セリフで言わせない方が粋なんじゃないの?
て感じだった

黒澤映画はよく人間が描けている、
どのキャラクターも血が通っている、と評されることが多いがキャラクター造形についてなら、この映画はだいぶ食い足りない

とにかく、全編を覆う深刻なムードがこの題材を完全にダメにしている
もっと軽やかにやんなきゃ笑


posted by となーす at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月21日

TOKYO TRIBE


いやー
無理


スキヤキウェスタンジャンゴと並ぶダサいこの映画、最後までみれまてんでした
過去のジャンル映画のパッチワークに所詮すぎないのだからコンパクトにチャッチャッ進行してくれよ
普通にセリフをしゃべれば役者の感情が乗るのにラップをいちいち挟んでシーンが長くなる
うぜえマジうぜえ
無駄にラップがあるからシーンのケツが決まらねえ、締まらねえ


上手い人のラップは長く聞きたいのにセリフサイズにぶった切られて
有名俳優の下手なラップが後を引き取るが
観ているこっちが赤面もの
ラップそのものが役者どもに合わせて難易度低めに常温設定されている

上記のような音楽映画というには雑な作りなのを細かいギャグで間をつないでくる

ははーん
こりゃー真面目に映画をやってねえな

三池がいつもやってる
”パーティ映画”だ
芸能人や著名人を集めて定期的にやってるパーティ代わりの映画だ


ダイハードのような”パーティ感”を目指して作られた映画ではなく、ただの有名人が集まるパーティ。
ま、仮装パーティです。

売れた漫画原作プラス有名俳優で資金を集める方程式から三池が発明した映画作りの手法が
このパーティ映画群なのですが
今回の園子温映画の出来上がりが(たぶん期せずして)三池の有名人の集まるパーティ映画になっちゃった、という事態なのだと思います


今回はパーティの趣向を変えてセリフは全編英語縛りで行きます
えー、マジかよー
今回はラップ縛りです
えー、マジかよー
ま、こんなノリですよ、きっと


演者が楽しくお芝居するための趣向なんですよね


こういう映画をラストまでドキドキワクワクしながらみれねーだろ笑

ラップの上手い下手でヒエラルキーの上下がこの世界では決まってる、とか
そういう趣向なら面白かったのになー
キングが竹内力とかじゃなくてジーブラだったりとか、ファンキー加藤とかの派閥があったりクレバがいたりとか
そういうのなら登場人物が増えるほど映画が盛り上がっただろうに



posted by となーす at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月05日

小さいおうち



(ネタばれ含みます)

うーん
なんだろう、この飲みこみづらさは

「小さいおうち」なんて山田映画そのものずばりのタイトルといい
時代設定といい、
悪い映画になるはずない

良い原作を見つけたもんだなー
と感心しながら途中まで観てたんだが


最後の大オチで出てくる手紙。

あれは、形を変えた「黄色いハンカチ」なわけじゃない
奥ゆかしい日本人の感情の発露、なはずでしょ

問題の手紙の正体が判明した時、「ああ、そうか!あの人はこんなこと考えてたのか!」とならない



ようやく飲みこめたのは観終わって2、3日後だった

こんな風に書いても観てない人にはなんのこっちゃ分からないと思うが
結論から言って、山田映画に「百合」は似あわない

「不倫」に隠れて「百合」が忍び込んでいる、とはあまりにトリッキーだ

申し訳ないけど、現代パートを演じる倍賞千恵子とはイメージがかけ離れ過ぎている


ただ、まあ野心的と言えば野心的で、今までの作品群から遠く離れてもいない点でこの人はまだまだこの先も傑作をものしそうだな、という期待は残る
posted by となーす at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月02日

そこのみにて光輝く


評判がいいので観てみたが
正直あまり感心しなかった

これはアメリカ映画によくある
「流れ者と町の有力者の対立」の構図なのだとおもうのだが
(実際そのパターンどおりにラストまで進行する)
悪役がパンチに欠ける、というか
地方の金持ってこういう下品でデリカシーにかけるとこあるわよねー的“あるある”な描写に留まっている

彼の行動を通して町の経済規模やコミュニケーション形態などが観客にある程度把握できる、そういう役割を持たせてくれたらこの映画の見応えももっと上がったと思う
posted by となーす at 03:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月11日

愛の渦



どうも作り手が若すぎて
この題材では荷が重すぎるのではないだろうか

こういう乱交パーティーが現実にあるかとかないとか
私にはどうでもいいし
たとえファンタジーであっても、そこで交わされるSEX論が面白ければそれでいい

こういう設定ならば見知らぬ男女がSEXに至るまでの会話の流れとかが最初の見せ場になると期待するじゃないか、それが割とあっさり、というかゴニョゴニョって感じで始まり、あとは皆その場の空気に呑まれて始めちゃう展開なのでガッカリ

SEX後のぶっちゃけトークなどもハッキリ言ってコンビニで立ち読みできる親父向け雑誌や2ちゃんねるで読めそうな話ばかり

相手の女の子があまりに気持ち良さそうなので
主人公のニート男子がついつい自分を過信してしまう、という展開は面白いのに
そちらに物語は転がっていかない

お笑い担当のバカップルを途中で登場させたあたりで
ああ、この人やる気ねーな、と

主人公のナレーションを入れて視点を絞った方が面白くなったんじゃないだろうか

posted by となーす at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

かぐや姫の物語



見てきました

もう公開から4週も経ってからの鑑賞でしたので
ネタバレも含めいろんな絶賛評を読んだり聴いたりして
いいシーンがどの辺にあるか、等
ほぼ8割くらいわかった上で見に行きました

で、結論としては
メッセージが古くなってるな、と
14年かけてコツコツ絵を書いてる間に世間の方が作家の実感を追い抜いている

「そうそう、手応えだよ」

とか思いながらみつつ

映画の後半では
登場人物達が真剣すぎる割には
結構、言わずもがな、のはなしが展開されていく

この映画を褒めている人は「風立ちぬ」の時と同じく
業界関係者が多く
ガッツリ製作に携わっているような人には
人件費を莫大に使ったこの2時間半の「偉業」が額面通り「偉業」として堪能できるのだろう


私自身の感想は「風立ちぬ」のときと同じ
何十年も机にかじりついて絵を書いているような人たちから
人生の手応えをご教授いただく、というのはもうありえない話だな、と

いま市井で生きている人たちって
かぐやが自分の庭に作った箱庭を一日の内に何度もぶっ壊しては作り直し
小っちぇ希望を見出しては失望し
を繰り返してんだ、と思う

そういう人にとっては届かない映画、
「恋するフォーチュンクッキー」のPVの方がよほど届いてる


posted by となーす at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語



なんか、興行収入10億突破とか盛り上がっているふうだったので
見に行きました
ちなみにTVシリーズのほうはほぼリアルタイムで観ています
当時、結構いろんな人に勧めてたくらいハマってたのは事実。
ただ、一度通して観ただけなので、大分ディテールは忘れちゃってましたね


(ネタバレ注意)



押井守以降のTVアニメはやたらとタイムリープや平行世界を扱う

あれっこれさっきもやったやりとりだよな、とか
あれっさっきと違う、
とか

そういうのがアニメ強者には見る前から染み付いているからいいのだろうが


アニメ弱者には時に不親切なアニメが現れて困る



まどか☆マギカのTV版ではタイムリープを扱っていたのは後半だけだったため
それなりに咀嚼しやすい物語だったのだが、
今回は、それが最初から全開

今作はネット内で賛否両論のようだが、
どっちかというと、特に後半の展開などは、ポカンに近いのではないだろうか

まあ、おそらくだけど、後半は単純に主人公の一人、が大人の女性になる、ということなんだと思う。
一人だけ絵のタッチが変わる

でも、大人になるってそういうこと?
って感じで
私の嫌いな「ブラックスワン」と似たような印象を持った
(羽生えたしw)

大人と子供の間には厳然と境界線があって
昔はそれを「通過儀礼」などと呼んだが

そんな境界線などあるはず無いだろう

ないから無理やり線を引いたんじゃないか。

「ブラックスワン」も今作も、今はないもの、これから先も復活しないような古い慣習にとらわれているのではないだろうか
思考の癖とでも言おうか
ないものを書こうとするから無理が出る

TV版のラストはエヴァのTV版と違って、「大人になるということ」に真っ向から逃げずに結論を出していて、そしてそれに多くの人の賛同を得られたからこそレジェンドになったのだし
結果、アニメおたくの結界を破って世間に届いたのに


やっぱり続編はムズい、ということなんですかね
「孤独になっちゃダメだよ、虚淵さん」



posted by となーす at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月13日

DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る


やっと観れました



AKBのドキュメンタリー映画は2本あって
2本目のこちらは公開当時からえらく評判が高く
それもそれまでAKBを知らなかったいい大人たちまでもまきこんでいるらしい
ということだけは知っていたので
劇場に行って観たい、とずっと思っていた代物だ

本当は劇場でAKBヲタのお客さんに混じって観たかったのだが
時間が合わず叶わなかった
で、DVDのレンタル開始を待っての観賞となった

観終わっての率直な感想だが
「やっぱり、劇場公開のタイミングで観ておけばよかった」だった


ひとつにはこの間に
ビッグイベントのひとつ「あっちゃん卒業」があり、
この“事件”の前に観るのと後に観るのとでは、だいぶ鮮度に違いが出来ていたこと

もうひとつは
AKBに対する思い入れ度で、かなり映画への没入度も変わる作品であったこと
つまり、描写があっさりしているため、普段からAKBを見続けていないと
この映画の行間の情報を埋められない、そういう映画だったということだ

劇場で観ていれば、他のお客さんの反応で、
「あ、これはファンならば反応する大事なイベントであったのだな」とか
ほんのりでも類推しながら見続けることが可能なのだが
ひとりでDVDを見ていても、言うほど感情はゆさぶられない。

理由はたぶん、というか
明らかなのだが
要するに上映時間が足りない。


例えば、ライブの舞台裏を描く中盤、
メンバーのインタビューで「セットリスト」がおかしい、と本番前に思った
との発言が複数あり、その予感が的中する形で初日がめちゃくちゃだった、というくだり
それが高橋みなみの秋元Pへの直談判の中で「・・・どうしたらいいのかわかりません」のセリフにつながっているのは見ていてわかるのだが
そこからどうやって二日目へ修復するのかをこのドキュメンタリーは説明しない
演者が歌とダンスを夜中まで練習する姿の映像しか観る者に提供してくれない

スタッフのインタビューもあっていいはずだし
舞台の図面の画があってもいいはずだし
この日の気温が何℃だったかの情報もあっていい

一本の映画として鑑賞するにはあまりにも情報を制御されすぎているので
臨場感をえられず、没入できない、ということである

まあだから
「いい大人」がこの映画にハマる事態、というのは
あくまでも劇場へ“たまたま”迷い込み
AKBを心から愛する人たちと一緒に観賞したら
ホメオスタシス機能が発動して臨場感が上がり、映画に没入することが出来たから
生じた
ということになる、と思う

それはそれで幸福な映画との出会い方だし
幸福なAKBとの出会いというべきだろう







posted by となーす at 03:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

ギミーヘブン



おしゃれで地に足のついていない、フワッフワッした映画。

“共感覚”を持った主人公が
“共感覚”連続殺人事件にまきこまれる話。

これは明らかに“ひとネタだけで作っちゃった”映画で、
オチに至るまでが全て時間稼ぎなので、
全てのシーンが凡庸、退屈極まりなかった。

ただし、その勝負をかけたひとネタが、割といいアイディアなので、惜しい。


もっと時間をかけて作ってほしかった。

posted by となーす at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月14日

アウトレイジ

【送料無料】アウトレイジ

【送料無料】アウトレイジ
価格:3,591円(税込、送料別)



皆さん褒め過ぎ。

例えば塚本高史が演じるポン引き。
あれを例えば柳ユーレイがやったとして
他の無名のエキストラが演じたとして何がどう違う?

違わないんですよ。

こういう紋切りが堂々と通用するところがまさに“世界の”キタノ。

演じる俳優が世界のキタノを有難がって出演するのは分かるが、
観客がそれにー緒になって喜んでいる点がまさにマジック。

そう言えば、キタノは車が大好きである。
車という乗り物の安全感みたいなものを偏愛しているようなのである。
『HANABI』辺りからその傾向があるのだが、本当にぴっかぴかに磨き上げられた乗用車があたかも登場人物のひとりかのように大フィーチャーされて映画の画面に登場する。
しかし車が前面に現れてくるこの人の映画はたいてい凡作である。
と私は思っている。

考えてみるとキタノの華麗なるフィルモグラフィーは、
「その男凶暴につき」のあの、えんえんと歩く主人公で始まったのである。

そして映画が変わり主人公が変わるたび、その相棒たる乗り物も主人公のキャラクターに合わせて変わっていたわけである。自転車とかサーフボードとか。

そして、乗り物、という小道具を上手く使えた作品ほど輝いていることが分かる。

もともと、キタノ映画、というのはセリフや芝居で語らない。
だからこそ、こういう小道具が重要だったのだ。
そういうところを黒澤明や淀川長治が高く評価していたのだと思うのだがどうだろうか。

などと常々思っている私には
ぴっかぴかに磨き上げられた乗用車が今回もドーンとタイトルの背景で出てきたとき、『今回も車か』と思うと同時に『何故、こんなにも車が好きなんだろうこの人?』と。

さらに、今回の豪華俳優陣、という趣向は明らかにキタノ映画の本来の魅力、からすると、マイナスに働いていて、
これだけの登場人物それぞれを描き分ける、ほどの筆力がないことがそのおかげでばれてしまっている。
それが冒頭に書いた、結局、誰がどの役やってもよくね?と言う話なのである。
しかもきれいに年齢順で俳優陣のキャラクターの役職も決まっている。
要するにコントの発想の配役なわけ。

ま、そんなわけで、映画の中味もコント。
ヤクザコントの連作の中に出来のよいコントもあればダメなのもある。
タンメンとカッターは面白かったけどへビはどうだろ?みたいな。
この映画で何か語ろうと思ったら、もうそういう切りロしかない。
で、ネッ卜上にあるこの映画に関するコメントも大部分そう言う感じになっている。




たとえばの話

劇場版『ルーキーズ』とこの『アウトレイジ』が2本あって、さあどちらがお勧めか、と言われたとする。
まじめな映画ファンなら『アウトレイジ』を勧めるだろうが、私は絶対に劇場版『ルーキーズ』。TVシリーズを観ていないという方にも“絶対に”“ブレることなく”劇場版『ルーキーズ』をお勧めする。

以上!












ラベル:アウトレイジ
posted by となーす at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月02日

曲がれ!スプーン

喫茶店にエスパーが集まる話、というだけでワクワクさせられる。
実際に店主がエスパーの喫茶店が九州の方にあり(超有名な店です。ちなみに)、私もいつか絶対に行きたいと思っているのですが、
おそらくこの脚本を書いた人の念頭には今言った、その有名店のことがあったのだろうと思われます。
ま、それはいいのですが、私はてっきり主人公の長澤まさみが、スプーン曲げに挑戦する話なのだとばかり思っていた。
だってタイトルが「曲がれ!スプーン」じゃん。

この映画、まったく当たらなかったそうだが、観れば、理由は歴然としている。
『何を見せるか』というところで、失敗しているのだ。
「曲がれ!スプーン」のタイトルで観客が連想する「観たいもの」が映画に出てこない。

それが理由だ。

俳優たちも、舞台でやっているそのままをカメラの前でやっているだけで、ライブ感というか、緊張感がない。

なんとも輝きのない映画である。
この人、『踊る』以外で良いところがないが、「映画」という媒体を決定的に読み違えている気がしている。
所詮、相手は“マス”なのであって“マス”の興味のないところで、いくら良い出来のものを作っても仕方ないのだ。



posted by となーす at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

となーす映画評「クローズZERO」



不良高校生映画。
と言っても
そんなに殺伐とした感じもなく
スポーツ感覚のケンカが何度も繰り返される
ソフトな青春映画です。

相変わらず好きな作家ではないので、
最初の何分間かで観るのをやめようと思っていたのですが、
不覚にも最後まで観てしまいましたので、
思いたったことをいくつかメモしようと思います。




映画とは何か、というと、それは
お祭りである。
三池映画における映画の定義はまさにこれしかない。

三池の映画、というのは
誰を主演にして、何を原作にすれば、
制作費を集めて、
お祭りが出来るか、
ただそれだけを四六時中考えた末の作品である。

三池の映画を見る、という体験は
要するに
お祭りのシステム化
というのだろうか、
三池が発明した、というか、思いついた
“お祭り”の大量生産の方程式、を
ただ見せられている、ということとイコールなのである。

表現、とか、面白い着眼点、とか
そういうものを三池の映画から探し出そうとしてもムダ。


さらに今回の『クローズ乙ERO』でハッキりわかるのは
三池の映画はすでに、
現実の世界との接点を持っていない、ということ。
おそらく接点を持つ必要などない、とある時点から悟ったのだろう。

お祭りにはエロとバイオレンスがあればそれで良い。

私は
この、「クローズZERO」を観て
『あースカッとした』
『ストレス発散できました』
とかいう感想を抱ける人が信じられない。

面白い、と言ってる人がまあ、けっこうな数いるんだろうし、
ま、それはそれでいいんでしょう。

私的には
もういいから若い衆に映画を撮らせてやるために、その手腕を発揮する、とか
そっちにシフトしてほしい
君の映画は金太郎飴だからもういいよ

以上







ラベル:クローズZERO
posted by となーす at 05:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
最近のコメント