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2017年05月17日

FAKE

この映画の評判のおかげで本家の「オーソンウェルズのフェイク」もDVDが再発されるみたいだ。ありがたい

私は一連の騒動をほぼ知らない状態で観た。
まあ、だから普通に良くまとまったドキュメンタリーだ、と。
世間からバッシングを食らった男がつましく暮らしをながら、再スタートを切る話。

ラスト20分で靴下が、とか、えらく煽られてましたが、さっぱり意味がわからなかった。

ただ、あの曲、えらくスケールがでけえな、と若干の違和感を感じたくらい。
この人の心の叫びを曲で聴ける、と思って待ち構えていたら、イメージと違う荘厳な“宇宙創造”みたいな曲が流れてきた。
この映画を締めくくる劇伴には全くそぐわない曲だった。
その後にやってくるのが呆気に取られるあのラストだ。


何か違和感はあるが、それだけで
町山さんがラジオで公開前に興奮気味に喋っていた感じと、まるっきり私の印象がかけ離れている。
こりゃいかん。情報が足らないようだ。

一応、ネットに落ちている情報をいくつか読んでみた。なるほど、と納得したところもある。

これは、佐村河内氏の見てもらいたい自己イメージに100%寄り添った体のドキュメンタリーなのだろう。

確かに我々が普通に考えたら、一番興味があるのは奥さんですよ。でも、奥さんの感情的なリアクションを見れる場面は断片的で、だからあの曲で聴いている奥さんの方を大フィーチャーしていたのか。と一個謎がとけた。

でも町山さんの興奮までは理解が全然届いていない。

もう、お手上げです
町山さんのMP3映画評を買うしかありません笑

そんなわけで、この映画。
素で観ても、筋が一応通っていて理解は出来る。
でも、実際の顛末を知っている人とでは観ている場所が全然違う。
ちゃんと楽しみたい人は関係者の著書など目を通してからの方がいいです。











posted by となーす at 12:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トークトゥハー

ええっ!
ここで終わるの?
そんな殺生な!


まだまだあと1時間延長して欲しい。
短い!と腹が立つ映画ってそうそうない。
「ラストエンペラー」以来だ。

何故ならこの映画、ただただ抜群にストーリーテリングが上手い。
なんとなく評判は知っていたけど全くの食わず嫌いでこれまで手を出さずにいたのが悔しい。
テーマがどうの、と小難しい顔をしないでとにかく笑顔でもてなしてくれるとこが素晴らしく、観終わった後に登場人物たちの存在感が手元にふんわり残る。

あらすじを読まずに観ることをお勧めする。






posted by となーす at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | その他外国映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

君に読む物語

女の子の自称映画好きと話していると、この映画が高確率でベストに上げられる。

ようやく観ることにしたら、割りと私の様なオールド映画ファンでも楽しめる作品であることが分かった。

まずは監督がジョンの息子、ニックカサベテス。で主演がジーナローランズ。
私はカサベテスの映画をこのブログで以前取り上げた「こわれゆく女」しか観ていない。まあ、あれ一本でなにもかも伝わった、と思っている。
私は映画をたくさん過ぎるほど観るのは単純に依存だと思っている。良質な映画を作った作家に出逢ったからと言ってなにもその作家の全作品を観る必要もない。なに不自由なく思い切り思うがまま撮り上げた映画にはその人の全てが入っている。「こわれゆく女」はそういう類の映画で、こちらを中毒にさせたり依存させたりする成分がなにもない。商業製品でない映画、だからだ。
だから良い頃合いが来たらまた、「オープニングナイト」などだって観る機会が訪れるかもしれない。そのとき観ればいい。

な、わけで
今作の話を。

前回の記事で書いた、太陽のような存在、がまさにこの映画で登場するレイチェル・マクアダムスであろう。こういう人が身近にいる人生とそうでない人生は幸せ度がまるで違う。

この人は「アバウトタイム」でも同じように、ダサい主人公にとって太陽のような運命の妻、を演じていたが、すこぶる健康的な肉体の存在感がこの映画でも炸裂していて、全速力で走って恋人役のゴズリングに抱きついたりする場面を観ているだけで幸せな気分になる。

ゴズリングはレイチェルと一緒だと爽やかで気持ちのいいやつになる。
観終わったあと、ニックの親父ジョンにとってジーナがそういう存在だったのかも
と思わせてくれる映画だった

ネタバレになるが
老年期を演じる二人はゴズリングとレイチェルとはまるで違う。同一人物として扱うには無理があるレベルだ。これが成立するのは何故だろう。妻を愛する道具としてジョンが映画を使った。それが「こわれゆく女」だと思っているのだが、そのマインドでこの映画も撮られているからか。




キザ男サムシェパードが年取っても相変わらずカッコつけてる姿も見れて良かったし、と思ってたら、ゴズリングの場つなぎ彼女役の女優がなんとなくジェシカラング似で、おや、と思った。キャスト表を見たらラストネームがシェパードともラングとも違う。登場の仕方からして、二人の娘だとしてもおかしくないが、結局わかりません。


posted by となーす at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

葛城事件

まあ、何の因果か、
こんな映画を観ないで済むならそっちの方が良かったなあ
こういう映画を観ても自分の生活が良くなるわけでもないんですよ。困るなあ、マジで笑


私の実家も男ばっかりの兄弟で、この映画で描かれる家族の抱える問題がよくわかる。核家族、というのは親父を主演にした集団劇のようなもの、あとは全員が脇役。困るのは脇役を強いられた子供たちは主役になるやり方が社会に出た後わからない。
主役の親父が爽やかさにかけるネガティヴ人間の場合、往々にして家族の日常はこの映画のような感じになる。
パーンと楽観的な、太陽のような存在が身近にいないことが原因。



それにしても気になったのは三浦友和さんの芝居が公開当時絶賛されていた件。
この家族ほどではないにせよ、毒家族に居た身としては、このお父さん像を演じるにはいささか三浦さんは優しすぎる。
優しさが顔に出ちゃっている。
もっと視野の狭さが見た目にあって欲しかった。台詞回しが文学的すぎなのも気になる。
三浦さんは台詞の喋り出しの瞬間、視線を一度彷徨わせる。それはこの役柄のクセではなく、三浦さん自身のクセなのが分かってしまう。
この役柄は別にサイコパスなどではないので、そこは自然に演ろうと選択されたのかもしれない。

とはいえ、こういう人物は
身分が上とか下みたいな価値観があって、喋りにそれが出ているもんなんですよね。
「冷たい熱帯魚」のでんでんにはそういうところへのこだわりがあったように思えた。あくまで印象ですけど。


それから陰口。その場に居ない家族の悪口を言わないのも不満
。すぐにバレるのに、家族の中での順位は変わらないと信じているので思い着いたら即口に出す笑
次男の居ないとこであの親父なら、ムチャクチャ言ってるはずなんだよな。そういう描写がないのがやっぱり物足りない。

親父は自分の子供に立派に育って欲しい、と願う。ただ、あまりに優秀だと自分の主役の座が奪われるので、無意識のうちに子供の成長に上限を設けてしまう。父親の主役の座を脅かさない程度に、子供たちは頑張る。


映画の中のこととは離れるけど、今のアニメ映画の隆盛はこういう家族との息苦しい関係が背景にある、と思っている。
現に劇中、次男が声優を目指している、と言う場面がある。
親父も子供も狭い世間でお互いの欠点にイラついている。抜けの悪い社会で唯一開いた窓は、昔はテレビで今はパソコン。

まあ、日本の中流家庭は大体こんな感じですよ。
家族と毎日顔を合わせちゃダメ笑
家出、家出。家出しましょう。
家族の悪口が頭のなかをぐるぐるしないようになるまでひたすら遊べ遊べ。
家族と顔を合わせず、楽しいことひたすらやって、落ち着いたらところで、さあ、これからどうやって一人で食べて行こう。て考える。
どうやって太陽のような存在になるか、何をすれば太陽のような存在になれるかを考える。
今はそういう時代です。

ま、そんなわけで毒家族に生まれて息苦しい誰かの目にこの文章が留るといいな、と思い、書きました。笑
映画自体は半分のところで観るのをやめました。笑ごめんなさい。







posted by となーす at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめしない) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月13日

イージーライダー

netflixのラインナップに入っていたので久しぶりに観た。

前回観たのは高校生のころだったか、この作品のジャックニコルソンのシーンは衝撃的だった。
「DHロレンスに」はしばらく自分のなかだけで流行語だった。
ま、とにかく私の中では映画の内容には共感できないが特別な一本だったわけだ。


日本語吹き替え版で見始めたのだが、そのジャックニコルソンの吹き替えがなかなか面白いので、調べてみたら若き日の北村総一朗なのだそうだ。
ニコルソンという俳優はフィックスの声優さんが決まらない数少ないスターの一人だが、というかこの人だけか?、作品によってニコルソン自身の芝居はなんら変わらないのにあの感じを日本語に置き換えるのが難しいのだろう、吹き替えは常に“スター”でない脇役俳優さんがアテていた。

今作の北村総一朗が面白い、と言ったのはニコルソン自身のセリフ回しとかは敢えて追わず、役柄の方に寄せていたところで、役柄のバックグラウンドをニコルソン本人より上手く、声だけで表現していた。ニコルソンの奇抜なアクトに目を奪われて役柄の人物への理解が足りなかったのを思い知らせれた。

作品全体で言うと、ニューエイジの思想の啓蒙、という一本筋の通ったなかなか見ごたえのある映画で、スピリチュアルブームを経た現代人ならこの映画を当時以上に味わい尽くせるのではないだろうか。
旅の途中で二人が立ち寄るコミューンの描写など以前観たときには何をしている連中なのか全くわからないし、退屈なシーンだったのが、今回見直して見ると、彼らの思想がとてもよくわかるし、描写も過不足なく見事だと思った。
あのシークェンスでデニスホッパーだけ嫌われる、というのが芸が細かくていい。

サウンドトラックが有名な作品だし、音楽に依存した作品、のように思われがちだが(とくに現代では)、ストーリーにも人間を見つめる視線にも、ある種の純粋さがあり、その部分が今作の最大の魅力なのだと今回理解した。
アメリカンニューシネマの代表的な作品だが、いい意味での可愛らしさが他のニューシネマのニヒリズムとは違う輝きを放っている。




posted by となーす at 05:03| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

スノーデン

オリバーストーンの映画を観るのが久しぶり。
この人の映画は大人になってからもう一回おさらいしたくなる。
主に実在の人物を描いた作品をもう一回全部見直したい、と思っていた。
「ブッシュ」とか「ニクソン」とか。

さて「スノーデン」だが、正直なところ総じて恋愛パートが多すぎて冗長な印象を持った。
ストーンの国家憎し、の反動でスノーデンが可愛くて仕方ない、みたいな映画になっている。
知らなかった情報も小出しに出てくるので恋愛以外のとこをもっと掘ってよ、とストレスが溜まった。

「市民ケーン」があまり好きでない私は、男女の痴話ゲンカを映画で3分の1以上も見せられると損した気分になる。
構造上、女のパートナーを介して観客が主人公の心の声を聴く、というのもわからんではないが、実在の人物を描くと「市民ケーン」もどきばかり、というのもどうかと思う。

映画の導入に使われてるインタビュのほうがドキュメンタリー作品になってるそうなのでそっちを観ようか





2017年02月04日

10クローバーフィールド・レーン

非常に評価の高い前作は未見。

ただ大体のストーリーはオチまで含め、知っている。
で、今作は特に予備知識なしで見始めた。

まあ、大体どういうオチになるか、は全体の3分の1くらい観た人には想像がつくだろう。ただ、それでもちゃんと面白い。

(以下ネタバレします。)

シェルターで擬似家族が作られ、そして崩壊するまでを順を追って、ドラマにしている。
ただ、その脱出方法やディテールに新味が特にあるわけではない。テンポ重視で飽きさせない、の方に重点が置かれている。
外が危険、を巡る話の後に内側の不信を煽るやり方も手際がいい。


やはり、一番良かったのは、あんなに憎しみを込めてオヤジを殺してオヤジの丹精込められたシェルターを完膚なきまで破壊しておきながら、地上に出た主人公の30代女子が、もっとヤバい敵と対峙するや、今まで軟禁されていた場所を恋しく感じる場面。
家族が大嫌いで実家を出た娘の不安、という一般的な感覚と重なり、
女子の自立、がテーマだったのかと気付かされる。

しかも現代を生きる女子の自立の過酷さを宇宙人襲来に例えて表現しているのが面白い。

構成が知性を感じさせる良作でした。





posted by となーす at 06:28| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

ジャッジ・ドレッド

シルベスタ・スタローン主演の旧作の方は観ているが、あまり記憶にない。あるいは観始めて途中で辞めたかも。というのは、このリブート版のオープニングは結構、旧作のルックに似ていて、ああ、こういう感じで旧作も始まったよなー、となんとなく思い出したからだ。よく考えると、シルベスタ主演の「コブラ」っぽくもある。
リブートと言いながら、先行者の功績を引き継ぐ形で始まる、なかなか好ましい滑り出し。
それでも、開巻アクションの中に、超スローモーションを挟む独特のテンポを作り出して、「お、これは!」と注意を喚起する。
昔ウィリアムフリードキンがいくつかの作品でやっていたように、カーチェイスなら車の動きをただ編集を短く繋げるのではなく、それまで観たことのないようなカメラワークで新味を出す、というような工夫があると、映画の満足度は上がるものだ。それを改めて気付かせてくれた。

それと、この主演二人のマッチングが素晴らしい。
およそ、社会人の男として、新人の若い女子を連れて歩くことくらい楽しいことはない。
しかも悪役が元風俗嬢のギャングのボス。
こういう道具立てが実に上手い。
新人女子の無防備感が映画の興味を引っ張る。
大人やなー、映画が。笑

しかもジャッジドレッドの顔が終始見えない、というのも効いていて、今時の観客には逆に感情移入しやすいことになっている。
「但しイケメンに限る」という言葉が端的に示すように、どんな恋愛模様もイケメン俳優が演じるだけで観客は自分との距離を感じてライドしにくい、今の観客はそうなっている。
キンプリの応援上映で女子の顔が真っ黒にされているのは、その辺が理由になっているのだが、ドレッドはその男子版と言っていい。

これだけ男子の観客のニーズに寄り添った作品は観たことない。
と思ってネットで調べてみると、やはり高評価だった。

とはいえ、これだけ道具立てが完璧なのに残念なことに観終わってみると、印象が薄い。
ビルを舞台のアクションだと「ダイハード」がある。観ている間はやはりあれと比較してしまう。せっかくの道具立てを割とあっさり解決する展開が多く、勿体無い勿体無い、と思っている内に映画が終わるのである。

途中で主人公二人をネチネチ追い詰める展開があると、カタルシスも増したのに、そういう方面の興味はあまりないようなのだ。
惜しい。






posted by となーす at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

ディストラクション・ベイビーズ

カットが長い映画が出てきてうれしい。
北野武の「龍三と七人の子分」のときに少し書いたが、役者のテンポでなく、観客にとって気持ちいいテレビドラマ的な短いカッティングでベテラン俳優のセリフをバシバシ切って間を詰めて行くやり方は映画にとって命とりだと思う。なにを観ても漫才師的なボケ突っ込みが映像表現を侵食している。


今作の主人公はケンカが強いのではない。
ただ体が頑丈なだけだ。
自分の頑丈さを試したいだけのために相手構わずケンカを売る。
体が頑丈、を表現するのに、カットを割らずに延々と取っ組み合いを撮っている、意味がある長回しだ。

複数の相手に殴られたあと、立ち上がる、下半身の強さがその度印象づけられる。

今作は、その頑丈さだけを映画の真ん中に据えて、揺るがない。

今の若者も社会も荒れ果て切っているのが今作を見るとよく分かる。
主人公たちが車中で空間を共にしていながら、コミュニケーションがまるで取れない様が描かれるが、このくだりだけで社会がとうの昔に機能不全に陥っているのが分かる。

機能不全に陥って久しい社会で、若者たちは、人生の青写真を描くことも出来ず、刹那的な快楽を行動原理にする。
ま、ここまでは映画のある種得意分野で、若者たちの刹那的快楽を描いた作品などこれまで山のように作られてきた。

この映画は、若者の財産は、その壊れ難い肉体である、と特定しているところが特別なのである。

この監督は、若いのにジャンル的な物語の閉じ方をせず、真っ当に信念をぶつけて来た。
前回の三池ではないが、昨今の日本の映画監督が陥りがちな、スタッフを食わせるためにマンガ原作を毎年作り続けるサバイバル術などを身に付けずに、このまま映画を撮り続けて欲しい。
去年観ていたら、ベスト3に入れていたと思う。それほど個性的で他で見られないメッセージを発する映画だった。






posted by となーす at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

テラ・フォーマーズ

なんとなく見始めたら、結果最後まで観てしまった。三池作品の8割方は途中で観るのを辞める私なので割と面白い方だったのだと思う。

終盤の注射打ちながらの戦闘シーンは面白く観れた。ケンカは祭りだ。シャブでもっともっと上に行こうぜ、的なノリが、少年漫画の強さのインフレーションと、意外なマッチングを果たしていた。

Vシネマからキャリアのスタートを切った三池の目には原作漫画の本質がこのように見えたのだろう。
原作漫画にさして思い入れもない私には割とよく出来た映像化に見えたのだが、原作ファンには、身も蓋なく見えたのかもしれない。

しかしまあ、この人の映画は辛辣だなあ。
割とベテランの俳優たちが、ハッキリ言って“おバカな”衣装とメイクで真面目な芝居をやっているのを正攻法で撮っているんだから。
『スキヤキウェスタン』のころは、照れ隠しでギャグを入れてたのに、今作では照れの要素がない。
それ故、画面上で起こっているコントもどきの異常さが剥き出しでこちらに現れてくる。
芸能人という因果な商売を、今作にならって言えば“虫”のように見つめる視点がある。
大量に映画を世に送り出してきた彼の今の心境か、と思うと味わい深いものがある。

この映画で芸能人に憧れるちびっ子などいないと思う。
そういうことを確信犯的にこっそり匂わせて、気づかせようとしている気がする。
まるでヤクザがカタギの子供に、『こっちにくるな』、と目線だけで示しているような。

そういう気分で撮られた作品は、必ず観客に伝わる。上手くバレないようにやってはいるのだろうが、興行で失敗したのだからバレている、ということだ。当然だろう。
そろそろこの人引退するんじゃないだろうか





posted by となーす at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本映画(おすすめ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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